本日の京都散歩は、まちなかより北西へと足を進めて参りましょう。北野白梅町より、ぶらり散歩していくと「等持院(とうじいん)」があります。この「等持院」は、「足利尊氏」が「夢窓疎石」を開山として創建しました。
美しい庭園が見どころの、足利将軍家の菩提寺である「等持院」
足利家の歴史に触れたい方は、是非散歩へ訪れてみて下さい。臨済宗天竜寺派の禅寺だけあり、一見地味なようにも見える佇まいへ身を委ねてみると、言いようもない渋みを感じます。京都の良さを体現している寺院とも言えます。
「等持院」の門をくぐると、そこには「わび・さび」の源につながるような空気が漂っています。私が京都散歩へ出かける際は、「わび・さび」を求めることも多いのですが、この空間に何も考えず立っているだけで、自分自身が浄化されていくようにも感じます。
散歩で疲れた足を休めたい時は「書院」へと向かいます。ここでは、庭から京都の自然を愛でながら、抹茶とお菓子をいただくことができます。もう少し季節が進むと、美しい紅葉に出会うこともできるでしょう。
拝観には、拝観料500円(2017年6月より耐震補強等の修理のため300円です。)、休憩する場合は抹茶(菓子付き)500円(番茶の場合は300円)が必要です。こちらはそれほど観光に来られる方も多くなく、じっくりと静けさを感じることができます。また、晴れた日には方丈の廊下に座り、南庭を静かに眺めながらの瞑想も趣深いものです。
昭和初期、日本映画の創造と発展に寄与したマキノ省三により映画の撮影所が寺院敷地内に作られ賑わっていたとのことですが、現在ではその場所も住宅となり、当時の面影はありません。機会があれば、映画のまちでもある京都のこの撮影所で制作された映画を見てみたいものです。
庭園散歩を続けると「霊光殿」へたどり着きました。ここは薄暗く、少し薄気味悪い空気が漂っています。目の前には足利尊氏から義昭まで歴代将軍の木像が並び、荘厳な睨み合い(語り合い?)ができますので、京都を散歩される際は、じっくり向き合ってみて下さい。京都を駆け巡った足利氏が、より身近に感じられる場でもあります。
例えば、かつて太政大臣まで昇りつめた足利義満。彼は相国とも呼ばれ天皇をしのぐ程の勢力を持っていました。その木像からは他の将軍とは違う強い気炎のような雰囲気が溢れ出ています。写真撮影は禁止でしたので、「霊光殿」の前にある写真を掲載しております。実物の迫力は、是非その目で確かめてみて下さい。
京都の歴史へ想いを馳せながら、散歩のできる「等持院」
勢揃いした将軍殿の木像にまつわる逸話を一つ思い出しました。足利尊氏というと南北朝を想起しがちですし、皇統のことは私も明快な説明ができませんが、中にはこんな話があります。
幕末、尊王攘夷を思想や行動の支柱としていた志士たち。彼らは南朝こそ正統であり大楠公(楠木正成)は忠臣の鏡であると考えていました。そこで、北朝を打ち立てた、逆賊尊氏、義詮(子)、義満(孫)の木像の首を引き抜き三条河原に晒したというのです。
今なお京都に「足利三代木像梟首事件」として語り継がれるお話。これには京都守護職松平容保公が激怒されたとのことです。十数人いたとされ犯人のほとんどは捕縛、処罰され浪士の取り締まりが厳しくなるきっかけにもなったとのことです。
問題の首は、元の状態に戻されていますので、「等持院」散歩へ訪れた際は、木像と相まみえながら、このような過去を慮るのもおすすめです。京都にはこのような激動の歴史をもった建造物が多くあり、さらに各所で四季折々の豊かな自然を楽しめます。そう考えると、行きたい散歩道が尽きることはなさそうです。
参考URL
http://toujiin.jp/index.html